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平成15年12月7日(日曜日)、「河川敷保全と利用についての対話討論会」が、守山商工会議所で開催されました。
「河川敷保全と利用について」応募によって、いろいろな意見をお持ちの方々が一堂に集まって、熱く意見交換が行われました。 熱心な意見交換は、当初1回の予定でしたが、第2回を開催することになる程の盛り上がりを見せました。
野洲川・草津川・瀬田川の河川の形状は、それぞれ異なった特徴を持っています。野洲川は、堤内地(洪水氾濫から守られている住宅や農地のある側)から見ますと、大きな堤防、広い高水敷、そして常時水が流れている低水路の形状が日本の河川の代表的な形です。草津川は、堤内地と同じぐらいの高さの堤防、そして狭いながらも高水敷があって低水路があります。瀬田川は、草津川と同じ形をしていますが堤防も高水敷もほとんどありません。 野洲川流域の概要を説明します。鈴鹿山脈から琵琶湖に注ぐ全長約65kmの川です。国土交通省で管理する区域は石部の頭首工から下流13.8kmです。下流部は昔、南流北流に分かれて流れていたのを昭和61年に一本化しました。この野洲川は高水敷が広く公園は6カ所あり、面積は約45万m²で 、高水敷全面積の約25%を占めております。この公園の利用者は、年間約20万人と聞いております。野洲川を代表する公園は、栗東にある公式陸上競技場を備えた野洲川運動公園、対岸の野洲町の野洲川河川公園。そのほかにグラウンドゴルフ場を備えた公園等があります。 続いて草津川は、田上山地から琵琶湖の帰帆島に注いでいます。国土交通省が管理する区間は、草津川と金勝川の合流点から下流5.58kmです。この河川はできたばっかりで、余り利用されておりません。旧の草津川は桜並木で有名だったものですから、この新河川でも堤防本体に支障のないよう堤防裏側に盛土にして桜を植樹しています。 続きまして瀬田川です。国土交通省が管理するのは、JR琵琶湖線の鉄橋上流約 300mから下流を管理しています。今日の討論は琵琶湖から天ヶ瀬ダム湖までの約7〜8kmを御願いします。この瀬田川は明治40年ごろから大体今のような形状になったと聞いています。瀬田川では、朝日レガッタ等の水面利用が中心です。高水敷の利用は、散策路を中心にして行われています。 “河川敷の保全と利用についての討論会”について、7人の討論参加者にいろいろな意見を出していただきたいと思います。この討論会にいたる経緯は、国土交通省の考え方が時代と共に変化したことにあります。以前は川については、国土交通省で考えてきましたが、最近は一般の方の意見を聞きながら進めることに変わってきました。 甲賀町在住の“エコライフイン甲賀”に所属している片渕ふさ子です。“エコライフイン甲賀”は、 『次世代に命と健康を大切に守っていくためには何が必要か』ということを考えた環境を考える団体です。水について考えた場合、水道水や排水処理過程の、塩素消毒が問題であると思います。塩素化合物は、トリハロメタンや環境ホルモンなどとして排出されます。それがまた、水道水源に入り、また水道水として塩素消毒される。これは、人類や生物の命に影響を及ぼし、命の誕生さえ無くしてしまう恐れがあるのではないかと考えています。
現在、ゲートボール利用などをしている高水敷を切り下げダム機能のかわりをさせ生態系の循環機能を備えた河川敷に変えることで生命にとって有効なものになると考えています。病院でも生命の誕生の異常さが、近年増えているようです。川の水は、人の命の源泉としてきれいな環境を取り戻す必要があります。ゲートボール等に使いたいという点は理解できますが、芝生が張られ除草に薬剤がまかれている場合、水を汚染することになリます。この点は 、川の水にとって問題であると考えています。 私自身自然環境を大切にしたいので、河川敷での遊びを優先することによって、次世代の命の誕生を終わらせるのであれば問題だと思っています。
守山市のグラウンドゴルフ協会の理事、武冨寛幸です。
これら施設の、管理・運営一切を協会で行っています。 現在、毎月1日は役員がグラウンドゴルフ場に面する堤防の下から2mの草刈りも全部やり、2日目は全会員が除草作業を行っています。除草剤は使っていません。さらに、役員は毎日コートの維持管理に努めています。 グラウンドを、自分たちのものという感覚で仕組みを作り、川を大切に使う心を育てています。川は、地域住民の憩いや安らぎの場であり、高齢化社会の到来に向けて皆さんが心から触れ合える場です。 生涯スポーツ・レクリエーションを通じて健康増進の場であり、自然環境に触れ合う場です。そばに川が流れている、水がある、この事が心をなごませています。過度に川を汚さない、今のようなつき合い方でもっと生活空間として利用することがよいと思っています。 河川敷を利用している施設を、いま堤防の外の地に求めるとしたら、守山では水田をつぶすことになり、これまた環境破壊につながり、経済的にも無理でしょう。人間を川や水から切り離すことなく、その歴史と文化と生態系を守りながら、人と自然の共生をどうするかということを中心に考えていかなければいけないと思います。自然環境の保全と環境整備、親水空間整備と周りの文化の復活、これらへの実現を大切にしたいと考えています。
当時、食料難の時代は、野洲川の砂地を使って薩摩芋やジャガイモを植えることをお百姓さんに教わり、畑として利用しました。又住いした30年余りの間に洪水にも遭いました。上流の方で決壊すると床上浸水となった民家もあります。そういうことに見舞われながら自然の恐ろしさを知り、一方では、川のいろいろな恵みを受けながら人々は暮らしてきました。その野洲川で、自然を愛し、大切にし、感謝しながら生きいきとスポーツを楽しみ、恩恵に浴することは、大変有意義であります。 また、スポーツ公園、施設を、即、自然破壊と断じてしまうことは軽々に過ぎると思います。環境保全に配慮した施設は十分可能です。例えば、栗東市の場合でも、芝管理としての除草は、全て人の手により行われ、一切薬剤は使用していません。次世代を生きる子ども達のためにも、しっかりと残さねばなりません。併せて、全ての人々の心も大事です。 この野洲川河川敷が与えてくれる恩恵は数知れず、人としてどう共存して生きていくかを教えてくれます。 地元の人々の協力で譲り受けた、ここ栗東市出庭地先には、陸上競技場やテニスコート、グラウンドゴルフ、多目的広場等の施設があり、市内は勿論、周辺市町や近隣府県からも沢山利用され、笑顔で感謝の言葉を残して帰っていきます。このように多くの人の心を育む現実があります。 それ故、保全のためにと、簡単に片付けられないと思います。地形・スポーツ活用の両面からみて何等課題はありません。このように考えるとき、河川敷の保全と利用は、調和を図りながら生かされるべきではないかと思います。 人は、自然と調和し、共存しながらどのように生きていくのか、ここを考えることが、大事だと思います。 栗東市の出庭に56年住んでいます。私の家は、河川敷まで約500mの所にあります。私の幼いころ、風水害による洪水にも遭いました。家の前まで浸水してきたことを覚えています。その浸水から守るためにこのあたりでは 、周辺の田んぼより宅地を少し高くしています。 栗東市の野洲川運動公園は、当時の山林をスポーツゾーンとする目的で用地買収しました。 川が地域を取り巻いて、生活の場を形成し、飲料水、農業用水と利用され、集落形成をしてきた地域です。 現在、河川敷は、人々が生き生きとしてスポーツや散策に利用しています。この環境の元で暮らしていることは 、自分たちの誇りです。この地域には、背景に近江富士と呼ばれる三上山があり、野洲川があり、スポーツゾーンがある。この景観は、人々の心の潤いの場となります。
人々の手によって管理されていることは、河川敷がごみ捨て場にならない有効な手段であると考えています。 「栗東市の水はおいしい水」という評判です。その水源は、野洲川の伏流水であると聞いています。これも、野洲川運動公園と共に私の自慢です。 野洲川の運動公園や河川敷公園は、地域の人々の誇りであると言う点を考慮すると公園を縮小する、また新たにつくらさないということは反対です。
2番目は 、野洲川の河川敷を利用したレクリエーションです。これは会員の親睦も兼ね、地域の皆さんも参加しながら行っています。 3番目は、歴史部会として私たちの先輩の知識や知恵を借りながら野洲川の歴史を研究し、形にしています。 4番目は、活動を多くの人々に、知ってもらう為に手づくりの機関誌を発行しています。この活動を通して気づいた点は、河川敷の一部がごみ捨て場になっていること。川の自然を残した水遊び場があればもっと親しみやすい野洲川になるということ。野洲川公園から川に近づける工夫が必要であること。子供の目の輝きが失われつつあるというように思います。その輝きを取り戻すために、地域住民の方々含めて、私たちが目指すものとして「川ガキ」の育つ場所づくり、かつて「川ガキ」だった大人たちが出会う場所として(環境等様々な事柄を含む)川を位置付けて行きたいと考えています。 大津市の一番北部にある伊香立途中町からきました。 山における雑木林の中の足元がふわふわする感触。黒砂糖のようなにおいをご存知ですか。川の水は、本来この環境を通って川に流れてきています。そのような河川は1万年以前とも云われています。長い年月かけて、自然が作ってきたものを人間の利益や、勝手な言い分だけで河川敷を考えてはいけないと思います。人間にはよくても、微生物や動物たちへの影響を考える必要があると思います。また、これらの微生物や動物たちの恩恵を得て人間が今日まで生きてこられたと考えています。河川や河川敷は、自然環境に応じる必要があり、人間の意見だけで決めてはいけないと思います。
守山市の川田町に住んでいます。 子供の頃から野洲川と共に育ってきました。私は、野洲川が好きです。子供の頃の記憶に、郡の運動会や地域の相撲大会が広瀬の河原で開催されたと大人たちから聞いています。この辺は、かなり細かい砂で、漬け物の重しになる大きな石を持つ甲西や石部とは違う環境を作っています。 洪水の経験から、野洲川の怖さを十分に知っています。野洲川が増水すると、ゴマ等の被害を少なくする為青年団やみんなが収穫を手伝ったものです。牛は上手く泳ぐので、住所と名前を木片に書いて首にぶら下げ、万一の時には牛小屋から放すよう聞いておりました。乳牛には病気が発生することがあるので1km〜2km先のところまで連れてゆきます。 現在は、野洲川の改修によって、安心して生活しています。これは、暫定だと聞いています。暫定なので恐怖感はぬぐえませんが、とにかく言えることは、昔の苦労は、したくないということです。現在、環境保全ということで、ヨシや柳の木が放水路に多く見られます。環境にはとても有効であると聞いています。しかし、その葦や、ヨシ柳の影響で野洲川の水は流れにくくなっています。安全確保か環境保全かを十分議論することが必要であると考えます。地域住民にとっての野洲川は、昔から人々がお互いの触れ合いを深める場所として存在していました。地域の運動会、相撲大会、プール代わりに野洲川で泳ぐ。親や、祖父、先輩から、 「おい、ここは泳いだらあかんところや、あそこは水を巻き込んでいるから、水の表面の流れを見て覚えろ 」とか言われ、自然の川の怖さというものを知りました。また非常に危険なことをしていると、隣のおじさんでもだれでも怒られました。野洲川にはそういう人々がふれあったよい歴史があります。 私は、人と野洲川との触れ合いは優先したいと考えています。また、その地域や地域を流れる川の特性にあわせながら、河川や河川敷への対応は考えていくべきであると思います。私は現在、淡海森林クラブに属しています。私が山に興味を持ったのは、北海道で川に魚が居なくなったことに対して、上流部の山奥に雑木林を作ったら、魚が帰ってきた新聞記事を読んだことに始まります。守山では、豊穣の郷赤野井湾流域協議会を10年ほど前に立ち上げて活動を行っています。河川の水流の根源は、山にあると考えています。 (ファシリテーター 竺先生) ![]() 河川敷利用の継続が、問題になっていること自体が私としては意外なことです。河川敷利用の質は問われても、河川敷は今日まで住民に利用され、交流の場所としても機能しています。目的を持った価値のある有効利用そのものが問題だということがまず疑問です。 河川敷利用は、人間同士の交流や自然環境への理解、福祉等人々にとって大変有効に働いていると思います。川には、単なる遊びなどの利用だけでなく、いろんなものを含めた生活文化の中心を担っていると考えているので、河川敷が利用されていることは非常にすばらしいことだと思います。 私は、新住民として十何年か前にこちらに移り住んできましたが、移り住めた理由として山の開発があり、ここに住むことができました。全く自然に手をつけないということであれば、私はここにいません。 自然との共存は、今日的問題では当たり前のことです。ただ、その質は十分問われます。一番問題になっているの地域住民にとっての野洲川は、昔から人々がお互いの触れているか、環境にどれだけ配慮しているか。そういう質の問題が重要なのです。私がいろんな会に参加して一番問題であると感じたことは、縦割だということです。横つながりがない。県、国、漁協を初め団体、市民、地域の住民、という横のつながりが薄い。その縦割りを解消するには、こういう会議を通していろいろな立場の様々な意見を持っているものが意見を出していく今回の対話討論会は、とても、だいじな会議だと思います。 川は自然博物館ではありません。生きた生活の場所として有効利用をするには、十分価値のある場所です。合併の問題もほぼ同じです。合併をするしないということは、さほど重要な問題ではなく質の問題が問われないままひとり歩きして、知らない間に成立してしまうということが問題だと私は考えています。これは、川の問題と同じことだと私は考えています。どれだけ住民が意見を出し合って、河川改修等のときに意見を出せるかということが非常に重要だと考えています。 河川敷をスポーツに使いたいということは、人間の健康にもいいことですが、その健康な人間を将来、誕生させ続けられることができるかということを心配しています。 皆さんは、良い環境と言いますが、それは、視覚の上での環境ではないでしょうか。草が生えない。木も少ない。芝生の緑があればそのことが良い環境であると思っているのではないでしょうか。私は、今よりも緑がもっと豊かな環境が良い環境だと思っています。それは、人間に必要な酸素を植物が供給するからです。 現在、炭酸ガスの温室効果が叫ばれ、氷河が解ければ海面が50センチ上がると言われています。その地球の危機を人間の楽しみのために無視することは、人間のエゴだと思います。今さえよければいい、今さえ楽しければいいというのは、地球の危機的状況の中では、方向転換して考えて行く時代だと考えます。 さらに、河川敷は、自然に戻していく、高い水域のところは下げていくということが必要だと考えています。 (ファシリテーター 竺 先生) 昔は、人間が責任を持って、維持管理をしながら、人間が生きていくために必要なように活用していました。そのまま放置するということではなかったかと思います。 昭和10年代の終りから21年ごろの野洲川沿いは、直接の洪水を避ける為に松林がありました。そこは、非農家の畑にも利用されていました。 現在河川敷のグラウンドとなっているところは、河畔林が主でした。昔の家庭は、まき等を燃料にしていたので、河畔林の木の葉をかいたり、木を切り家へ持って帰って割り木をしたりと河川敷は、自分たちの生活する燃料を取り入れる場としても存在していました。 さらに、昔は、農業の機械のかわりに牛を使っていました。その牛に食べさせる青草として野洲川の河川敷に生えていた草を刈って使っていました。 これらの利用でわかるように、川は、人間の生活と本当に密着した存在であり、必要な場所でした。 河川に対して思うことは、河川は、やはり水が流れやすい状況をつくっておくのが一番いいと考えています。以前は河畔林であり竹藪であったところは、水の流れが悪くて不安を抱えていました。現在は、水がスムーズに流れる状況になっており、住民を安心させています。 (ファシリテーター 竺先生) 河川敷での鋪装は、行き過ぎだと思います。山の植林も、動物、鳥等が生活できなくなっています。人家に被害も出てます。このような舗装は 、地下の植物やミミズにも影響が出ていると思います。 (ファシリテーター 竺 先生) (討論参加者 市岡 均さん)
施設利用の住民参加だけでなく、維持管理等の重要な事柄に住民が参加することが非常に大事だと考えています。 今まで、施設内容に対しては、様々な案を実現してきましたが、今までのパターン、河川敷は運動公園だよとか、グラウンドゴルフであるとかということが、満たされてしまって、アイデアの曲がり角に来ていると考えています。 それを考えるには、いろんな住民の生の声を聞く、つまり、実際使っている人に聞くことも重要で、現在この討論会が行われているひとつの趣旨でもあると考えています。先ほど西村さんの話にあったコンクリートで簡単に解決するのではなくて自然と共存しながら考えていくということも同じ事のように思います。 結論的に言うと、今までの運動公園はもうそろそろ曲がり角で、川に関して考えるとき、単一的な考え方で決めてしまうのではなく川の自然、もちろん利水や治水等様々な関係を考慮し、一回だけの討論会ではなく、アンケート等を行いながら、利用者や住民と繰り返し繰り返し調整していくことが重要であると考えています。 人間は、自然に逆らって生きてはいけない。それを高度経済成長のときには逆行し、そのしっぺ返しが今きているのだと思います。ただ、自然だから全然手をつけないというのも、人間の生活文化の歴史とは違うと考えます。 昔の暮らしは、自然と共存して折り合いをつけていました。確かに河川敷でコンクリートというのは良くないと考えます。鋪装等行き過ぎの面もあると考えます。ついつい便利にと要求しています。やはり市民感覚としてどうするかを議論する必要があると考えます。我々のグラウンド管理は、他人任せの環境整備では、自然が自分のものにならないと考え、自分が汗をかくことによって、河川環境も一緒に守り、利用もする。この関係が出てこないと他人の財産と考えて行動すると、好き放題にして人間のエゴで自然をないがしろにすると考えています。そういうこともあって、河川敷を全て運動場にすることは反対です。 現在、野洲川流域を歩くと運動公園は、ぽつんぽつんとあるだけで、あとは自然のままで放置されています。自然のままで放置されていると、ごみが捨てられる場所になることも多いことからそういうことも含めてどうするかということを、そろそろみんなが考えてやっていかないといけないと考えます。グラウンドを今以上にどんどんふやせというのがいいのか、それとも今あるのをベターとして、それを自然環境の共存の中でどうしたらいいか、その辺の兼ね合いが議論の中心になる必要があると感じています。 (ファシリテーター 竺 先生) (討論参加者 片渕 ふさ子さん) 河川敷を管理するときは、薬を使わない、除草剤を使わないという維持管理方法をとることは、とてもいいことだと考えます。 安易に手間暇を惜しんで薬にお金だけかけて済ましてしまう方法では、やはり川の水を汚すことになるので、それは怖いことだと考えています。便利さがみんなの能力を退化させています。 (ファシリテーター 竺 先生)
私達は、基本的に農薬で除草は行っていません。公園で若干使われているかもしれないが、農薬除草を行わないようお願いしています。 (討論参加者 多羅尾 進さん) 農薬除草は栗東市でも使っていません。不認識ですね。 (討論参加者 志茂 文明さん) コンクリート舗装は、使わないという話は、同感です。 国も財政難だと聞いています。管理や開発を地域の住民が行う方向が出始めています。 (討論参加者 西村 悟郎さん) 最近では 、便利さが先行して家の周りをセメントで固める人が約2割います。この人達が多数決で河川敷利用を決めてしまうと大変です。人間が泣くのはもちろん、ほかの微生物等が泣きます。野洲川の河川敷で野鳥が今までたくさんいたはずです。川の周りにはタヌキもイノシシも出てきていました。現在はどうですか。野鳥の泣く声。朝、川から霧が上がったときに、鳥が鳴く声を聞いていますか。 (討論参加者 片渕 ふさ子さん) 甲賀町の杣川の上流に私は住んでいますが、鳥の鳴き声は幸いにして聞いています。 (ファシリテーター 竺 先生) 水口から来ました前田です。 水質保全、環境保全という面から考えると自然のままが良いと考えます。人間以外の生物、動物、鳥類も自然のままがよいと考えますし、魚の数も多い。人類は、狩猟時代や遊牧民は自然破壊は行われていないと考えています。農耕生活が始まってから自然を破壊してきました。自然破壊なしでは、耕作できないということから自然破壊が行われたと思います。戦前の農業は、自然環境に対してあまり悪影響は与えてなかったと思いますが、戦後、農薬が使われ出してから、ドジョウやタニシを見かけなくなりました。 現在、野洲川に天然のアユは溯上してきていません。川へ行けば、川の石はぬるぬるしていて、今まで砂地であったところが富栄養化で草だらけです。そういう場所であっても我々が利用できる範囲で利用するというのは、自然なことだと思います。河川敷が利用できるようになったのは上流にダムができてからだと考えています。そういうことから、ダムも一概には否定できないと思います。 それよりも、最近、山や川には道がたくさんできています。自動車の通る道ができると、ごみを捨てにくる人がいます。こんなことから、河川敷へ入る道には車が入れないように作る必要があると考えます。河川などに捨てられているごみは、自然に帰らないものが多いですから。 河川敷利用については、人間がこれだけふえてきて、活動する範囲や量もふえてくると、これはある程度やむを得ないと思います。 農薬使用については、農業や林業において、できるだけ農薬を使わないように、化学肥料を使わないように努めています。滋賀県では環境こだわり農産物作りを行うことを危機感を持って実行しています。 治水重点、環境重点対応どちらを選択するかは河川の特性に応じた選択が必要であると考えます。 西村さんの話の中にあった野洲川河川敷のことですが、タヌキやキツネが昔は多く見られました。今では、野洲川廃川敷地の農地化が進み特定の地域にしか見ることができなくなり、環境の変化を知ることができます。そういうことから現在「地球市民の森構想」が提示され、広く皆さんに呼びかけ植樹等の事業が展開されています。 甲西町から来ました安田です。 私は、石部甲西の中流域に住んでいますが、琵琶湖周辺に住んでいる人々と議論をする機会が今まで無かったので今回の対話集会は、非常に有意義だと思っています。 私の住んでいる辺りの野洲川に流入する支川は、天井川で川幅は狭く、裏山も迫っており、河川敷を使える状況ではありません。上流にダムがあっても、台風のときは、川一面に水が流れます。普段水が有っても無くても、天井川は里山と繋がっているので、「河川敷」と一緒に話が出来たら良いなあ〜と思っています。 私の母は、山のそばに暮らし、河原でご近所と野菜づくりをしています。同じように近所のお年寄りもグラウンドゴルフを楽しんでいます。 中主町から参りました東郷 尚です。 今回討論で出た自慢話がうらやましく思いました。栗東には河川敷公園がある。水がきれい。河川敷が設置されているのは、左岸の方で、右岸の方には野洲町に1つありますが、とても少ないです。 5年程前に野洲川河川愛護モニターを2年間続けましたが、その時は、まだ河川敷がそれほど整備されてなく小さな公園があったぐらいです。そのときは、非常に粗大ゴミが多かったと記憶しています。(農機具の廃棄物が非常に多い、油類、塗料が捨てられていました。)このことは、非常に困っていました。これらの現象は、琵琶湖を美しくしようというきっかけが崩れてしまうため、とても厄介なことだと思っています。それから何年か経過し、河川敷ができ道路も施設もよくなって、これは非常にいいことだと思っています。ただ1つ残念なことは、子供の姿が少ないということです。高年齢の方の利用は 、目につきますが、子供の姿が少ない。私の幼い時分を考えると、親が午睡、昼寝をするのを待ち構えて、堤防、野洲川へ走ったものです。そして、川上からしもへ流されていく楽しさでやっと泳げるきっかけをつかみました。泳ぐというよりも流されたという経験からいろいろなことを学びました。 今から約15年ほど前に野洲川の竹生を中心にして、子供は河原へ出してはいけないということが広まりました。それが影響しているのか、いまだに子供が河原へ行く、河原に親しむという光景がないのは残念に思います。 河川レンジャー、河川の見回り役として、子供の環境教育を行う場を作る必要があるのではと考えています。 (傍聴者 中原 正隆 さん ) 野洲町の方から来ました中原です。 私は、河川敷利用賛成という立場で意見を述べさせていただきます。河川敷の周囲や、堤防沿いを歩くと人が行かないところは不法投棄が多いと言うことを実感しています。河川敷を整備し、有効な活用をしている場所では、余り不法投棄がないようです。 ![]() 石部から来ました谷です。 河川敷の利用は最小限にするべきではないかと考えています。時代によっては、その施設が使われなくなる場合が考えられます。施設を作っても最小限にとどめ使われなくなったら自然に戻せるように作るべきと考えています。管理についても、利用者が維持管理をすることは、非常に良いことだと思います。 草津市からきました田中です。 私は現在、草津市の淡海生涯カレッジに学んでいます。河川敷等で、子供達を水と触れさせる機会を設ける必要があると考えています。現在の小・中学生の親のほとんどは、危ないから近づくなという時代に育ってきた為、子供達をそういうところに連れていくことをしていないように思います。滋賀県も『マザーレイク21計画』という中で、20年後に昭和40年初期の水質にしようという計画があるようです。将来を担う子供達に水質改善の意識を持たせる為には、河川敷を子供達が遊べる空間として利用し、子供達に 「水をきれいにする意識 」を芽生えさせることにより、最終的に水質をよくすることを目指すことが良いと考えています。 (ファシリテーター 竺 先生) (討論参加者 武冨 寛幸さん) 別にうつすのではなく、川のそばで生活をすることが人間にとって、非常に重要と考えています。 管理の話に戻りますが、我々の管理しているところは 、無料です。他は全部有料です。行政が管理をすると有料になります。協会は、現在、正式会員が約350名います。予備軍が、自治会の同好会等約300名います。毎年1クラブずつ増えて現在、11クラブです。11クラブが分担して管理を行う体制をとっていますので、やっぱりあそこよりきれいにしようという感じが出てきて、維持管理というのが非常にうまくいきます。 (ファシリテーター 竺 先生) (討論参加者 西村 悟郎さん) 川に生かされた利用を早く行わないと1日の遅れが、何百年の遅れになる可能性があります。もとへ戻すにも何百年もかかるわけですから、充分な河川敷の検討をする必要があると考えます。 (ファシリテーター 竺 先生) * アンケートについては、皆様方から頂いたご意見を紙面の関係上、簡略化させて頂いており、また、似ているご意見については、まとめさせていただいております。
第2回 2004年2月7日(土) 13:00〜16:00 開催会場 守山商工会議所2F大ホール 守山市吉身3-11-43 TEL (077) 582-2425
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